貯め代のシンプルライフと暮らしのヒント

アラフィフ主婦の貯め代はシンプルライフと家計改善を目標にしています

子育ての苦労はきっと報われる

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貯め代は1963年生まれで、20代の娘を持つ母です。娘たちは仕事に就き、雪国の故郷を遠く離れて上の子は海外に、下の子は東京に暮らしています。家族といえど、会えるのが年に1度か2度になろうとは、子育てに奮闘していた時期には考えたこともありませんでした。

 

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うちの子ども達は28歳と25歳の結婚適齢期ですが、仕事が生きがいだそうで今のところウェディングの予定はありません。上の画像は去年の夏に上の子どもが暮らす東南アジアの国に出かけて、たまたま夫が撮影したもの。歴史ある港町マラッカの古い教会跡でした。

適齢期について

若かった1980年代、結婚こそが女の幸せという風潮がまだありました。そして私自身、早く結婚して、実家とおさらばしたかったのです。両親が離婚していて、私は実父と継母の元に育ちました。腹違いの弟と妹がいます。

継母は悪い人ではなかったけれど、実父とともにパチンコをするようになってから性格がびっくりするくらい変わりました。自分のお金と他人のお金の区別がつかない。お金が欲しくて老いた母親に借りに行く。パチンコで勝てば散財、負ければ取り返そうと夜遅くまで台に張りつく。

幼い妹を置いて入り浸りですから、私は妹のめんどうをよく見ました。それでも家に居場所がなかった。それで、夫を紹介されると話が合いそうなので23歳で結婚。その際、私の実家も商売をしていたので、夫の学歴の低さは問題になりませんでした。

今ではめったに聞きませんが、貯め代が若かったとき、「女はクリスマスまでに嫁いだほうがいい」「年越しを過ぎると嫁(い)き遅れ」と世間は焦らせたものでした。社会全体がモラルハラスメントだったのです。

妊娠・出産

20代で結婚してよかったことは、すぐ妊娠し出産できたこと。下の子のときは切迫流産で入院しましたが、ぶじに元気に産むことができました。不妊治療という言葉はその当時は聞いたことがありませんでした。不妊に悩む夫婦が高額な治療費をかけてお子さんを授かるのは、その後の1990年後半からと思います。

 

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育児のたいへんさ

赤ちゃんを育てるうえで私が一番たいへんだったのは、自分との折り合い。自分のことをすべて後回しにして、赤ちゃんの世話をする。しかも生まれたての子どもは手足がか細くて、首は座っておらず、扱いにはよほどの注意が必要です。

 

取扱い説明書がほしいと感じたものでした。夜は泣くし、うちの子は生後2ヵ月からアトピー性皮膚炎のためおむつかぶれがひどく、24歳の貯め代のほうが泣きたいくらい。

 自営業の夫の協力はあったり、なかったり。でも、自分が欲しくて生んだ我が子ですから、やっぱり可愛い。にこっと笑うようになると寝不足も吹き飛ぶくらい。子育ては効率化ができません。始終抱っこして、膝に抱いて絵本を読んであげて、おもらしの後始末をして……エンドレスです。

 

それでも今になると、子どもと一緒に暮らせた時間は短かいものと感じています。18年間でした。もっと抱っこして頬ずりすれば良かったと心底から思っています。親子でも成長するとべたべたできません。帰省するとつい娘に「もう一回、小さくなってみて」と、貯め代は口にします。子どもが幼いときこそ、親子にとってはかけがえがなかった。気づいたときは過ぎた後ですね。

 

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まとめ

この30年で結婚に対する価値観が激変しました。私は39歳で子宮筋腫とチョコレート嚢腫を指摘され、「お子さんがいるのなら、子宮全摘と卵巣も取ったほうがいい」と医師から言われたことがあります。もしあなたが女性で子どもを欲しいと思うなら、35歳までに出産に向けて努力したほうが実現しやすいでしょう。子育ては苦労があるし、教育費もかかるけれど、報われます。愛する家族と笑い合う瞬間があれば、親も困難を乗り越えることができるから。

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