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着画あり♪刺し子のコートでお出かけを予定、ボタンの位置を変えてサイズ調節

北海道では初雪の知らせがありました。私が住む東北も朝の気温は10度と、ぐっと冷え込んでいます。

そんな秋に外出の予定ができたので、頂き物の刺し子のコートを着てみました。

ジャパンブルーと称される藍かすりの生地です。

刺し子は木綿の生地を2枚合わせて、細やかに針と糸で刺した野良着のこと。

海外からも注目される、ニューファッションとしての古布リメイク作品を紹介します。

 

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刺し子とは

農民の仕事着として刺し子の技法は発達しました。

日本三大刺し子をご存知ですか?

答えは青森県津軽こぎん刺しと南部菱刺し、そして山形の庄内刺し子です。

津軽こぎん刺し

寒い津軽地方は木綿が育たないため、自給自足の農民は明治時代まで麻を 着ていました。

粗い布目をふさぐ目的で細やかに刺し綴ったのが、こぎん刺し。緻密に刺すことで、防寒と生地の補強となったのです。

織物のように見えるかもしれませんが、刺繍の技法で奇数目を拾うのが特徴です。

藍染めの麻に、白い木綿糸を用いて清楚な美しさ。

現在も、手軽な手芸としてけっこう人気があります。

南部菱刺し

こちらは旧南部領、現在の青森県八戸市とその近郊で刺された南部菱刺し。

麻の布地の偶数目を拾います。

きれいなひし形のもようを連続させ、明治期~大正期にかけてよく刺されました。毛糸の色糸を使いカラフルです。

刺された時代が短かったため、古作は数が少なくて貴重とのこと。

庄内刺し子

山形県庄内地方で発達したのが、庄内刺し子です。

つぎはぎに美しい造形感覚を発揮しました。

現在はハンドメイド作家により、モダンで明るいデザインのものもあります。

刺し子はハンドメイドとして受け継がれて、新たな物語を紡いでいます。

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縄文からの智恵

縄文時代はいまから3千年以上も前に、主に東北地方を中心に花開いた文化。

さて、縄文人は動物の毛皮を着ているイメージがありませんか?

意外にも 麻布のはぎれが遺跡から発掘されたことから、縄文の人たちは麻の衣服を着ていたとされます。

針は動物の骨から作り、糸は麻や葛(くず)、藤など植物から繊維を取り出しました。人間の智恵はすごい。

自然のなかからすべての道具を自らの手で創りだして、命を脈々とつなげてきたのですね!

はい、私は自分を由緒正しく、縄文人の末裔だと思っています。風雪に耐えて生き延びた先祖を感じるひとつが、刺し子なのですよ。

農家を訪ねる小さな旅

 

 「私には大きすぎるようだから、よかったら着てちょうだい」

スリムな体型を維持している先輩エッセイストから頂いて羽織ってみると、私でも大き目だった!

いそいでボタンの位置を調節しました。

「刺し子を着て、どこへ行くの?」

地元の意欲的な農家さんを取材します。私は細々と地元でライターをしていまして、風の冷たい時期なのでちょうど着ることができそうです。

『使い切る。有元葉子の整理術 衣・食・住・からだ・頭』は有本葉子さんの本。

専業主婦で3人の娘さんのために作っていた家庭料理が評判になり、料理研究家となりました。

表紙の鍋つかみは、まさにモノの命を使い切る精神を表していますね。

ひと針ひと針に思いを感じて

(写真の板状土偶はレプリカ。本物は国立歴史民俗博物館に収蔵されています)

古い刺し子の生地を生かした藍色のコートを紹介しましたが、若いときは流行のモノに、すぐに飛びついていました。

買っても買っても心が満たされず、お財布は空っぽに。

結婚すればしたで住宅ローン、子ども達にかかるお金や生命保険料でピーピーでした。

でも、あるとき自分はなんて恵まれた時代に生まれたのだろうと、ハッとします。それは東北の歴史民俗を学んだことから。

暖かく着るために、刺し子を懸命にほどこした女性はもうこの世にはいません。でも、刺し子のひと針ひと針に、誠実に清貧に生きた心根が映っているようで、私に力を与えてくれる気がします。

 

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